Prime Videoで『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を観た。
いやあ、やっぱり難しい。

機動戦士ガンダム
閃光のハサウェイ キルケーの魔女
感想
セリフや設定を全部理解できたかと言われると、自信はない。
場面の切り替わりも速いし、登場人物が何を考えているのか、あえて説明されないところも多い。
それでも、気づけば画面に引き込まれていた。
分からない部分があるのに、観るのをやめられない。そんな作品だった。
『キルケーの魔女』はどんな作品?
『キルケーの魔女』は、2026年1月30日に劇場公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』シリーズの第2部。
『閃光のハサウェイ』は、富野由悠季による小説を全3部作で映像化するシリーズとして作られている。
物語の舞台は、シャアの反乱から12年後の宇宙世紀0105年。
地球連邦政府に抵抗するマフティーのリーダー、ハサウェイ・ノアを中心に、連邦軍のケネス、そしてギギの動きが描かれる。
今回の話では、ハサウェイたちがアデレード会議襲撃へ向けて動く一方、ケネスもマフティーを追い詰めようとする。
ギギもまた、自分の役割を背負ってホンコンへ向かう。
本作はPrime Videoで、2026年8月17日からレンタル・購入配信、8月31日から見放題配信が始まった。Amazonの作品ページでは、本編は1時間46分と案内されている。
かなりの情報量を詰め込んでいるんだろうな
まず感じたのは、話の進み方が速いこと。
前作同様。
登場人物が移動し、会話をし、作戦を立て、戦闘に入る。
その流れがどんどん進んでいく。
こちらが場面の意味を考えているうちに、もう次の場面へ移っている感じ。
ただ、単に説明不足というわけでもない気がする。
短い会話の中に、人物の立場や過去、これから起きることの予兆が入っている。
何気ない一言が妙に重く聞こえるのは、その言葉の裏側にいろいろなものがあるからなんだろう。
時間の見せ方も印象に残った。
場面が飛んだり、出来事が並行して進んだりするから、物語を追うだけでも少し集中力がいる。
一度観ただけでは全部を理解できないんだろう。
原作読んでたら別だろうけど。
すべてを理解しようとするより、まずは雰囲気と大きな流れを受け取るのが一度目。
細かい意味は、二度目、三度目に観ながら拾っていく。
そのくらいのつもりでいい気がする。
「魔女」はギギのことなのか
タイトルにある「キルケーの魔女」が誰を指すのかは、まあ間違いなくギギだよね。
ギギが「魔女」と重なって見える場面はある。
ギギは未来を見通すような発言をしたり、ハサウェイやケネスの感情を揺さぶったりする。
前作から引き続き。
本人がすべてを計算しているようにも見えるし、逆に、本人も自分の力や役割に振り回されているようにも見える。
不思議な力を持つ少女として描かれるギギは、物語の中でただ守られるだけの存在ではない。
彼女の言葉や行動が、大人たちの決断を変えていく。
ギギがニュータイプなのかどうか、作中で分かりやすく説明されるわけではない。
ここは現時点では不明としておきたい。
ただ、宇宙世紀のガンダムらしい「人には見えないものを感じ取る存在」として描かれているのは確かだと思う。
ギギとクェスは重なって見える
今回のギギは、明らかに『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のクェス・パラヤと重ねるように描かれてる。
ハサウェイにとってクェスは、初恋の相手であり、同時に大きなトラウマを残した存在。
『キルケーの魔女』では、いろいろな場面で、その過去が何度も呼び起こされる。
ギギとの直接会話ではそうならないところも面白い。
ギギとクェスには、周囲の大人には理解しきれない感覚を持っている少女という共通点がある。
ハサウェイから見ると、どちらも自分の感情を大きく揺さぶる存在。
でも、同じではない。
特に印象に残ったのは、ギギが「生きる」方向を選んでいること。
クェスが戦争とニュータイプの力に飲み込まれて、負の方向へ飛び込んで行ってしまったのに対して、ギギは自分の状況を理解しきれなくても、分析して、生きることを能動的に選択する。
この違いは、ハサウェイにとってかなり大きいはず。
クェスの記憶は、ハサウェイの中で過去に取り残されたままになっている。
話しかけちゃってるし。。
そこへ、クェスと似た雰囲気を持ちながら別の選択をするギギが現れる。
選択内容がハサウェイに分かるのは、後のことなのか、分からないままなのか。
ギギは、ハサウェイに過去を思い出させる存在であると同時に、過去とは違う未来を見せる存在なのかもしれない。
アムロもハサウェイにとって呪いなのか
本作では、アムロやνガンダムがしっかりと登場する。
しかもハサウェイにとってはよくない記憶のようだ。
戦闘中に過去の人物や機体が頭に浮かぶということは、ハサウェイにとってアムロの存在がかなり大きいということだろう。
アムロは、ハサウェイにとって憧れの存在だったはず。
父親のブライトとともに戦った英雄であり、自分が目指したいものでもあったと思うんだけど。。
一方で、そのアムロとクェスをめぐる出来事は、ハサウェイの心に深い傷を残した。
だからアムロは、単なる英雄ではない。
憧れと劣等感、尊敬と苦しさが混ざった存在に見える。
戦闘の最中にいろいろ思い出しているハサウェイを見ると、「そんな余裕があるのか」と思ってしまうw
でも、本人にとっては余裕ではなく、過去から逃げられないということなのかもしれない。
ハサウェイが自分自身の戦いをしているつもりでも、心の中では過去の英雄たちと戦い続けているように感じた。
ブライトもミライも年を重ねている
ブライトもミライも、当然だけど年を重ねている。
老けたね。
とても仲良しでいい夫婦。
時間の経過だね。
ハサウェイの父親と母親だもんね。
『逆襲のシャア』から12年が経っている。
当たり前のこと。
それにしても、息子が反連邦政府組織のリーダーになってるよ。
親からすれば、まさか自分の息子がそんな立場にいるとは思わないでしょう。
ブライトは連邦軍の中で生きてきた人間だから、ハサウェイとの間には、立場の違いだけでは済まないものがある。
この先、親子が直接向き合うことになるのか。
そこを考えると、正直かなり嫌な予感がする。
妹のチェーミンはどうしているのかね。
戦闘シーンはやっぱりかっこいい
戦闘シーンは、文句なしにかっこいい!!
機体の重量感があるし、動きが軽すぎない。
画面の中で巨大なものが動いている感じが伝わってくる。
大気圏内でも自由に飛行できるようになった機体同士の戦いだからね。
ファンネル・ミサイルも印象的だった。
あれだけ追尾してくる兵器を避けられるのかと思うけど、ハサウェイの操縦能力が高いからこそ成立する戦いなんだろう。
ただ強い武器を撃ち合っているのではなく、相手の位置や動きを読んで、ぎりぎりのところでかわしている。
戦闘そのものに緊張感がある。
ハサウェイがすごいパイロットなのは分かる。
でも、彼の戦い方には精神的な危うさもある。
うまく操縦できているからこそ、余計に無理をしているように見えるんだよな。
映像表現もかなり凝っている
映像もすごく凝っている。
カメラが大きく動いたり、遠近感が極端に変わったりする。
レンズを切り替えたような画面の見せ方も多い。
街の中でモビルスーツが動くと、巨大さと怖さがよく分かる。
戦闘が派手なだけではなく、そこに人が暮らしている場所で戦っているという現実感がある。
この撮り方を「すごい」と感じるか、「少しうるさい」と感じるかは人それぞれだと思う。
実際、やり過ぎじゃないかと感じるときもあれば、好きだと感じるときもあった。
何が起きているのかを一瞬で理解しづらい場面もあるけど、その分、戦場に放り込まれたような感覚がある。
映像の情報量が多いからこそ、画面を止めて確認したくなるところもあった。
もう一度観たら新しく気づくことがありそう。
続きが気になるが、まずはもう一度観る
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』は、観たあとにすべてを説明できる作品ではなかった。
話の展開は速いし、人物の感情も設定も、全部を丁寧に説明してくれるわけではない。
だから「難しい」と感じる。
でも、難しいからこそ気になる。
ギギは何者なのか。どこへ行くのか。
ハサウェイはクェスやアムロの記憶から逃れられるのか。
ブライトとの関係はどうなるのか。
ケネスの行動はどうなるか。
続きが気になるのはもちろんだけど、その前に『キルケーの魔女』をもう一回観たい。
次は場面転換やセリフを意識して、ハサウェイ、ギギ、ケネスが何を見て、何を見ないようにしているのか、新しい発見があるかもしれない。
分からないままでも観入ってしまう。そんな力のある作品だった。

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