先日、知り合いから「その文章、なんかAIっぽいね」と言われてしまいました。

文章のAIぽさ
AIにまとめて貰って
正直、めちゃくちゃ凹みました(笑)。
自分で一生懸命考えて、キーボードを叩いて書いた文章だったから。
「え、これのどこがAIっぽいの?」「そもそも、みんな私の文章のどこを見て評価してるんだろう?」と、モヤモヤが止まりません。
気になりすぎて夜も眠れなくなったので、今回は「文章の人間らしさとAIらしの境界線」について、徹底的に考えてみることにしました。

そんな文章をAIと対話して、AIにまとめてもらったのがこれ。
さらにリライトしてやろうとしたのが前回。
こっちはGemini。
あっちはManus。
そもそもAIが考える「AIっぽさ」って何だ?

悔しいので、まずは敵(AI)の懐に飛び込んで、「人間らしさ」と「AIらしさ」の違いを聞き出してみました。
まとめると、だいたいこんな感じらしいです。
- 人間らしさ:
感情が乗っている、文法がちょっと崩れていてリズムがある、独自の偏見や泥臭い実体験(五反田で飲んだビールの苦さ、とか)がある。 - AIらしさ:
「〜と言えます」「〜が挙げられます」とやたら丁寧。冒頭で結論を言って、きれいに箇条書きして、最後に「総じて、〇〇は重要です」と優等生みたいに締めくくる。
……これを聞いた瞬間、冷や汗が出ました。
「あ、良かれと思ってやってきたこと、AIのロジックそのものじゃん」って気付いちゃったんですよね。
ブログを書くときはふだんから、読者に分かりやすいよう、論理的になるようにめちゃくちゃ気を付けています。
言葉選び一つとっても、誰も傷つかないように、それこそ細心の注意を払って書いていました。
プロのライターではないし、推敲だって完璧じゃない。
だから、自分の文章が完璧に整ってはいないはずだったんです。
だけど、その「論理的な正しさ」や「誰も傷つけない丁寧さ」を突き詰めた結果、図らずもAIが弾き出す「最も安全で、平均的な優等生の文章」のテンプレに、自分からハマりに行ってしまっていたのかもしれない。。
そんな反省。
分かりやすいけれど、裏を返せば「誰が書いても同じ、体温の低い文章」になっていたから、AIっぽいと言われてしまったのかな、と。
人間らしさの特徴
人間が書く文章には、その人の人生、感情、身体性が自然と滲み出ます。
- 感情のグラデーション:
単なるロジックだけでなく、言葉の端々に「照れ」「迷い」「怒り」「喜び」などのリアルな感情が乗ります。 - 文構造の「揺らぎ」とリズム:
意図しない独特の言い回し、あえて崩した文法、一文の長短のアンバランスさなど、心地よい(または特徴的な)リズムが生まれます。 - 実体験に基づくディテール:
「あの時、五反田で食べたサンマの苦さ」といった、五感や記憶に紐づいた固有のエピソードが含まれます。 - 不完全さ:
多少の論理の飛躍や、独自の解釈、偏見すらも、その人の「個性」として文章の魅力になります。
AIらしさの特徴
AI(特に大規模言語モデル)が生成する文章は、統計的に「次に続く確率が最も高い言葉」を繋ぎ合わせて作られます。
そのため、極めて高度ですが、特有のパターンが生じます。
- 過剰な丁寧さと客観性:
「〜と言えます」「〜が挙げられます」といった、中立的で教科書のような、誰も傷つけない安全なトーンになりがちです。 - 完璧すぎる構造(定型化):
- 冒頭で結論や概要を述べる。
- 「第一に…」「第二に…」「最後に…」と綺麗に箇条書きで整理する。
- まとめで「総じて、〇〇は重要です。今後も注視していく必要があります」のように綺麗に締めくくる。
- 平均的で具体的なエピソードの欠如:
知識としては完璧ですが、そのAI自身が「体験したこと」ではないため、一般的な正論にとどまり、泥臭い具体例や独自の思想が抜け落ちやすいです。 - 文頭・接続詞のバターン化:
「また、」「さらに、」「一方で、」「このように、」といった接続詞が、ロボットのように正確な等間隔で使われます。
違いのまとめ
| 要素 | 人間らしさ | AIらしさ |
|---|---|---|
| 視点 | 主観的(私はこう思う・こう感じた) | 客観的(一般的には〜とされている) |
| 構造 | 感情の流れや思いつきによる「揺らぎ」がある | 箇条書きや結論ファーストで「整然」としている |
| 内容 | 独自の体験談、偏ったこだわり、ユーモア | 網羅的な知識、平均的な正論、リスク回避 |
| 完璧さ | 時に間違えたり矛盾したりする(不完全) | 文法や論理構成に破綻がない(完璧) |
LLMが進化したら、文章の「中身」も人間っぽくなるの?
ここでちょっと疑問が湧きました。
今ってAI(LLM)の進化スピードが凄まじいじゃないですか。最新のAIなら、情報の鮮度もめちゃくちゃ高いし、トレンドを追いかける能力なら人間以上です。
じゃあ、AIの情報が新しくなれば、文章の「AIっぽさ」は消えるのでしょうか?
結論から言うと、たぶん消えません。
どれだけ最新のトレンドを網羅していても、それはネット上のデータを集めてきた「平均的な正論」だからです。
人間が書く最新のトピックには、「昨日、新発売のガジェットを買うために寒空の下で3時間並んだ。手はかじかむし、前の人の香水の匂いはキツいし、最悪だった。でも、手に入れた瞬間、そんな苦労は一瞬で吹き飛んだ」という、リアルな身体の感覚や感情がセットになっています。
AIがどれだけ賢くなっても、この「当事者だけの生々しい体験」は語れないんですよね。
結局、答えはその人に聞かないと分からないけれど

あの文章のどこがAIっぽかったのか。
最終的には、そう指摘してきた本人に聞いてみないと本当の理由は分からない。
単に言葉遣いが硬かっただけかもしれないし、構成が綺麗すぎただけかもしれません。
でも、今回「AIっぽさ」について考えたことで、一つだけ確信したことがあります。
読者が求めていたのは、教科書のような正しい情報じゃなくて、「書いている人の、ちょっと不完全で、生々しい人間味」なのかもしれないということ。
本当かな。。
次からは、あえてちょっと文法を崩したり、自分のドジな失敗談を混ぜたりして、もっと自分を前に出した泥臭い文章を書いてやろうと思います。
みなさんは、自分の文章に「人間味」、残せていますか?



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