モトローラ(Motorola)と聞くと、最近ではコストパフォーマンスに優れたスマートフォンやスタイリッシュな折りたたみスマートフォンを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

波乱万丈のMotorola
復活したのか?
一方で、モトローラはかつて世界の携帯電話市場を席巻したブランドでもあります。
世界初の商業用ポータブル携帯電話を生み出し、薄型ケータイの「RAZR」で大きな成功を収めました。
その後、スマートフォンへの対応が遅れ、事業分割やGoogleによる買収、Lenovoへの売却を経験します。
今回は、モトローラがたどった栄光と苦難の歴史を振り返ります。
日本市場で再び存在感を高めた理由についても、moto g52j 5Gの体験を交えながら紹介します。
世界を制した黄金期と日本市場でのすれ違い
モトローラは、世界初の商業用ポータブル携帯電話を生み出した通信機器メーカーです。
1983年に発売されたDynaTAC 8000Xは、携帯電話が一部の専門家だけのものではなく、一般に販売される製品へ向かう大きな一歩となりました。
モトローラは、その後の携帯電話ネットワークの発展にも関わっています。
なかでも大きな転機となったのが、2004年に登場した薄型ケータイ「RAZR V3」です。
金属感のある薄いボディと洗練されたデザインで注目を集め、RAZRシリーズは最終的に世界で1億3,000万台以上を販売したとされています。
日本でも、2006年に「M702iS」などの名称で発売されました。
当時は世界的な人気を背景に、著名人を起用した広告も話題になりました。
海外ブランドらしいデザインに魅力を感じた方も多かったはずです。
しかし、日本でのシェアを大きく伸ばすまでには至りませんでした。
当時の日本では、ワンセグやおサイフケータイなど、国内市場向けの機能が重視されていたためです。
いわゆるガラパゴスケータイですね。
RAZRはデザインに強みがあった一方、日本の携帯電話で求められる機能への対応は十分ではありませんでした。
スマートフォン化の波に乗り遅れ、親会社も変わる
2000年代後半になると、携帯電話市場はスマートフォンを中心に大きく変わり始めました。
モトローラもAndroid端末を展開しましたが、RAZRの成功を次の成長へつなげるのは簡単ではありませんでした。
業績が悪化し、2011年には携帯電話事業を含むMotorola Mobilityが分離されます。(法人向け通信機器事業のモトローラ・ソリューションズは現在も存続しています。)
その後、モトローラは大きな転機を迎えます。
- 2012年: GoogleがMotorola Mobilityの買収を完了
- 2014年: LenovoがGoogleからMotorola Mobilityを買収
GoogleはAndroidとの関係が深いモトローラを傘下に置き、特許を含む資産を得ました。
ただし、GoogleはMotorola Mobilityを長期保有せず、2014年10月にLenovoへの売却を完了しています。
短い期間に親会社が変わったことで、「モトローラというブランドは消えてしまうのではないか」と感じたファンもいたでしょう。
ブランドの知名度が高かっただけに、この時期はモトローラにとって厳しい時代でした。
Lenovo傘下でブランドの個性と生産力を両立
Lenovo傘下に入ったことは、モトローラにとって再出発のきっかけになりました。
Lenovoによる買収完了時の発表では、モトローラの本社はシカゴに残され、約3,500人の従業員が製品の設計や開発、販売、サポートに携わると説明されています。
つまりLenovoは、モトローラのブランドや開発体制を置き換えず、引き継ぐかたちをとりました。
モトローラらしいデザインや、Androidをベースにしたシンプルな使い勝手を残しながら、Lenovoが持つ調達力や販売網を組み合わせました。
この組み合わせが、現在のモトローラを支える土台になったと考えられます。
優れたデザインと必要十分な機能を備えた端末が、比較的手に取りやすい価格で提供できるようになったのです。
日本市場での変化と、moto g52j 5Gの印象
モトローラが日本で再評価されるきっかけの一つが、日本向けモデルへの対応です。
moto g52j 5Gは、おサイフケータイに使われるFeliCaと、IP68相当の防水防塵に対応したモデルとして発売されました。
かつて海外ブランドが苦戦した日本独自の利用環境に、正面から対応した製品です。
実際に手にしたときの第一印象は、「この価格で、このクオリティなのか」という驚きでした。
画面の滑らかさや動作の軽快さに加えて、余計なアプリが多く入っていないシンプルなOSも快適です。

特に日常で便利だったのが、FeliCaと防水機能です。
海外ブランドらしい洗練されたデザインや使いやすさがありながら、日本で普段使いするための機能も備わっています。
こうしたバランスのよさが、SIMフリー端末やガジェットが好きな人から支持を集めた理由だと感じました。
現在のモトローラは、世界と日本の距離を縮めている
現在のモトローラは、かつてのように世界全体の携帯電話市場で首位を争う存在ではありません。
それでも、地域によっては大きな存在感を持っています。
Omdiaの2026年第2四半期の調査では、モトローラはラテンアメリカで出荷台数3位(1位 Samsung、2位 Xiaomi)で、シェアは14%でした。

日本では、折りたたみスマートフォンのrazrシリーズが通信事業者から販売されています。
2024年にはソフトバンクがmotorola razr 50 ultraを発売し、2025年にはauがmotorola razr 60 ultra、NTTドコモがmotorola razr 60d M-51Fを発売しました。
かつては、「世界で注目されているのに日本では使いにくい海外端末」という印象もあったかもしれません。
しかし現在は、折りたたみのような先進的な製品を、日本の通信事業者のサービスと組み合わせて購入できます。
世界向けの製品と日本向けの使いやすさが、以前より近い形で両立しているのです。
月面通信やスポーツの現場にもあったMotorolaのロゴ
モトローラの歴史を振り返ると、携帯電話だけでなく、さまざまな通信の場面で名前を見つけられます。
1969年のアポロ11号では、Motorola SolutionsのSバンド通信機器が、月と地球の間で音声やテレメトリー、映像信号などを伝送しました。
アポロ計画で月面からの通信を支えたのもMotorolaだったのです。

また、アメリカンフットボールの試合では、ヘッドコーチが使うヘッドセットにモトローラのロゴが入っているのを見かけ、注目していたものでした。
こうした場面を知ると、モトローラは単なるスマートフォンブランドではないと分かります。
携帯電話の黄金期から宇宙開発、業務用通信まで、長い時間をかけて通信の歴史に関わってきた企業です。
暗黒期があったとしても、あこがれのMotorolaが一定の存在感を取り戻していることに、懐かしさと頼もしさを感じます。
まとめ: 変化を受け入れたことが復活につながった
モトローラは、世界初の商業用ポータブル携帯電話を生み出し、RAZRで一時代を築きました。
その後はスマートフォンへの対応で苦戦し、Googleによる買収とLenovoへの売却を経験しています。
それでも、ブランドの個性を残しながら、販売体制や製品構成を見直しました。
日本ではFeliCaや防水防塵への対応を進め、現在はmoto gシリーズやrazrシリーズを展開しています。
モトローラの復活は、シカゴを拠点とする開発チーム、Lenovoの事業基盤、地域ごとの製品対応、そして折りたたみスマートフォンのような新しい提案など、さまざまな事柄が重なった結果だと考えられます。
もし店頭やネットで「M」のロゴを見かけたら、月面通信を支えた歴史やRAZRの黄金期、そして苦難からの再出発を思い出してみてください。
モトローラは、伝統を残しながら変化を受け入れることで、もう一度前に進んでいるブランドなのです。


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